国重要文化財 多宝塔@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月25日 09:24
本堂から先に…@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月24日 07:41
厭離穢土 欣求浄土@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月23日 07:50
大樹寺本堂に入りました。
徳川家康の馬印となった「厭離穢土 欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)」が本堂の内陣両脇に掲げられています。
この「厭離穢土 欣求浄土」は、大樹寺まで逃れて来た松平元康(徳川家康)が先祖の墓前で切腹しようとした際に住職登誉上人がこの教えを説いて元康を諭し、切腹を思いとどまらせ、その後家康の馬印に使われるようになったと言われています(諸説あるらしいのですが…)。
「厭離穢土 欣求浄土」の意味ですが…
「穢れた世の中・国土を嫌(厭)って離れ、浄土に生まれることを心から喜( 欣)んで求める。」
ということだそうです。
徳川家康は当時の世の中は人々が私利私欲で争う醜い時代と考え、「争いに満ちた穢れた世の中を嫌い、平和な浄土を求めるなら、仏の加護を得てそれが達成できる」と考えたようです…
ところで、本堂には歴代将軍、初代家康から14代家茂までの位牌が内陣の両脇に安置されています。
その位牌はそれぞれの臨終時の身長と同じと言う説があるそうです。
ただ、最後の15代慶喜の位牌は無いそうで、臨終に際し自らを赦免し爵位まで与えた明治天皇に対する恩義から神式で葬られることを遺言したためだと言われているそうです。
松平八代墓+家康の墓@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月22日 07:33
家康の先祖八代のお墓、松平八代墓です。
一番手前の新しいお墓は昭和44年に岡崎市民が家康公の徳を顕彰して遺品を納めて建立したものだそうです。
初代親氏のお墓側から見た光景です。
寺伝によると…
永禄3年(1560年)、松平元康(後の徳川家康)は桶狭間の戦い後この大樹寺まで逃れて来たものの、追っ手に囲まれた時、観念しこの先祖の墓前で切腹しようと決意します…
が、その決意を第13代住職登誉上人に告げたところ、問答の末「厭離穢土 欣求浄土」の教えを説いて元康を諭し、切腹を思いとどまらせたと言われています…
このシーン、NHK大河ドラマ「どうする家康」で見ました。
確かお寺の建物のすぐ裏に先祖のお墓が並んでいた記憶があります…が、ここ松平八代墓付近の雰囲気がかなり違って見えます…
が、よくよく考えてみると、現在の松平八代墓の姿は家康が元和元年(1615)に再建させ、元和三年の家康一周忌の時に現在の姿に整えされたとされます。
切腹しようとした永禄3年(1560年)には先祖の墓としてあった場所等が違っていたのかもしれませんし、ましてや安政2年(1855)には伽藍の火災も起きていますしね…
松平八代墓所@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月21日 08:34
葵の紋幕かかる本堂@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月20日 08:34
平日にもかかわらず観光バスが結構頻繁に訪れ、そのたびに多くの観光客がドドドッと押し寄せています…
少し時間を調整し、空き間を狙って後で本堂に行きましょう…
その前に…ここに来た一番見たいところ…そう、桶狭間の戦いで今川義元が討たれ、今川方にいた松平元康(徳川家康)が大高城から故郷の岡崎に逃れてきて先ず籠ったところが、ここ大樹寺…そして…
の…場所が左に入ったところにあります…先ずはそこへ…
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この本堂、一目見た時に少し気になるところがありました。
屋根が低くありませんか?
松平家の菩提寺であり歴代将軍の位牌が安置されているお寺にしては、もう少し壮大さがあっても…と、正直思いました。
ところが、そう感じた訳が大樹寺のHPに書いてあったのです…
「松平家と徳川幕府の庇護のもと隆盛を誇っていた大樹寺も、安政2年(1855)幕末の騒然たる時代に、出火により本堂、庫裏、書院など主要建物が全焼しました。
万事が倹約のおり、寺領内の木を使用することで規模の維持を幕府に申し出ましたが、結局約2~3割減の規模で再建されたようです。
写真のようになんとなく、本堂の屋根が覆いかぶさるように低く感じられますが、これも倹約の結果とされています。」
第三代将軍家光が寛永13年(1636年)本堂以下の堂舎の新築を命じ、寛永18年(1641年)に58棟すべてが完成した大伽藍だった大樹寺、勝手の七輪の下から出火し、本堂も含めて多くの伽藍が焼失してしまったそうです。
時は安政2年(1855)…江戸末期…当然幕府の財政が火の車状態です…しかし、再建しなければ…ということで規模縮小というわけなんですね(^^;
賑わう境内@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月19日 08:16
この大樹寺は家康の祖先安城松平家初代親忠が天文4年(1535年)に創建し、同家の菩提寺にしたのが最初と言われています。
その親忠の子長親の代に安城家が松平総領家となったことにより、本寺がは松平宗家菩提寺になったそうです。
ちなみに親忠(松平宗家4代)は松平氏・徳川氏も発祥の地松平郷から先代3代をこの大樹寺に分骨したそうで、8代の広忠(家康の父)までのお墓が松平八代墓として残っています。
なお、大樹寺のHPにはお寺の草創として以下のように書かれています。
応仁元年(1467)8月23日、尾張品野、三河伊保の軍勢多数が井田野に攻め寄せた。
親忠は5百余騎で伊賀村の東いらご縄手で迎え撃ち、一夜と半日の戦いでこれを撃破、細川、大沢まで追撃して潰走させた。
このときの戦死者を葬った塚を首塚とも千人塚とも呼んだが、その後9年を経た文明7年になって、戦死者達の亡霊が騒ぎ出し、塚がしきりに鳴動してときの声がたえることなく、近辺に悪病が流行することになった。
この亡霊を弔うために親忠は塚のほとりに念仏堂を建て、碧海郡宇祢部郷福林寺の住職勢譽愚底を招いて7日間の別時念仏を修し、その功力で亡霊を鎮めた。
この念仏堂は後の鴨田西光寺で、その後親忠は菩提寺として大樹寺を建立し、勢譽を開山とした。
もつとも、この寺伝には異説が多い。大樹寺そのものが亡霊を鎮めるためのものと言い、あるいは鎌倉時代以来大寿寺と言う浄土宗の草庵があったという説もある。
とあります。
ちなみに、徳川家康は松平宗家でいうと9代目になり、後ほど紹介する松平八代墓に並んで昭和44年には岡崎市民が家康公の徳を顕彰して遺品を納めて墓と碑を建立しそうです。
三門・総門の先に・・・@岡崎・大樹寺 ― 2023年09月18日 07:00
今回もPHOTOHITOと連携です。
撮影時間は前後しますが・・・大勢の観光客が去った後で、三門から見る有名な景色です。
ここ大樹寺は松平氏(徳川氏)の菩提寺であり、三門の先にある総門を通して約3km先にある岡崎城まで真っ直ぐ見えます。
総門の中に岡崎城がしっかり見えていますね!
この直線を岡崎では「ビスタライン」と呼んでいるそうですね。
大樹寺と岡崎城の標高差は約5メートルと少なくその間は緩やかな凹地の地形なので、約3km先の岡崎城天守は仰角0.2度、ほぼ水平に望む事が出来るようです。
岡崎市のHPにはこのビスタラインの説明が載っています。
「岡崎城」と岡崎城の北にある「大樹寺」を結ぶ約3kmの直線を「ビスタライン」と呼-んでいます。
「ビスタ」とは「眺望・展望」を意味します。
この眺望は、徳川三代将軍家光が、1641年、家康の十七回忌を機に、徳川家・松平氏-の菩提寺である大樹寺の伽藍を建てるとき、「祖父生誕の地を望めるように」と、本堂か-ら三門、総門を通して、岡崎城が望めるようにしたことに由来します。
以後、歴代の岡崎城主は、天守閣から毎日ここに向かって拝礼したとも伝えられています-。
時は移り、岡崎城も再建されましたが、大樹寺から岡崎城を望む歴史的眺望は往時のまま-(約370年前)で、門越しに望む岡崎城は、まるで額の中の絵のようです。
「百聞は一-見に如かず」。ぜひ、大樹寺の門越しに望む歴史的眺望を体感ください。
と、いうことです(^_^)
大樹寺三門@岡崎 ― 2023年09月17日 19:02
久々に以下PHOTOHITOと連携です。
この週末、所用で名古屋に行ってきました。
その合間に・・・岡崎まで足を伸ばし、徳川家康縁の大樹寺と岡崎城を見てきました。
もちろん、NHK大河ドラマ「どうする家康」の影響です(^^ゞ
幹線道路を右折し進むと道が石畳に変わりました・・・
そして・・・立派な三門が・・・
お寺の境内の駐車場に車を止め、しばしTVで見たシーンと重なる世界へ・・・
北海道旅行 五日目(札幌の夜) ― 2022年08月16日 07:25
千歳空港からJR快速エアポートで約40分足らずで札幌駅に18時半前に到着!
ホテルは駅近く、北大正門付近で取ったので歩きで直ぐです(^_^)
ホテルにチェックインし、部屋に入って荷物を置いた後・・・さて、夕食を兼ねて札幌市内を少し散策しましょう♪
ま、夜の札幌散策は・・・
北海道庁旧本庁舎、札幌時計台、大通り公園ぐらいでしょうか・・・食事もあるのですすきのまで行くかどうかな?です。
食事場所は・・・実は事前調査で決めており、北海道庁と札幌時計台の間ぐらいにあります(^_-)
では、Go!
西5丁目・樽川通りを南に歩き、先ずは北海道庁旧本庁舎へ・・・
あらら!?
めちゃ高いクレーンが目に飛び込んできました(^_^;
ですって!
令和6年度完成予定だそうです(^_^;
ここでも残念!なのですが、周辺を散策し・・・さて・・・
しかし、時計を見ると既に19時半を過ぎています!
じゃぁということで、予定している夕食のお店に向かいました♪
ところが、目的のお店に行くと・・・長蛇の列!(O_O)
あちゃ〜!
お店の方に確認すると・・・「予約をして30分ほどお待ち下さい!」とのこと・・・
どうするか悩んだのですが、予約票に記入して30分の間で札幌時計台に行ってこようということにしました(^_-)
で、来ました!
札幌時計台です♪
ん〜ン♪ライトアップされてビルの谷間に美しい姿を魅せてくれています♪
ここは数年前にも訪れて、その小ささに驚いていましたが、今回はじっくりライトアップされた美しい姿を眺めることが出来ました♪
さて、本当ならばここから大通り公園、すすきのへと押しを伸ばしたいところですが、先ほど予約したお店に戻ります(^_^)
・・・
到着!即入店できました♪
ここは・・・この鍋です!
ハイ♪ここです(^_-)
「松尾ジンギスカン」です(^_-)
ここのジンギスカンはちょっと変わり種ですが結構評判が良いとのことです・・・
タレに漬け込んだ羊肉を焼くのですが、変わり種の鍋で野菜を少し焼いた後、タレで煮込みながらドームの上で羊肉を焼き込んで食べるというものです。
焼くというより煮込むという感じで、これがまた美味しい!のです♪
ビールも進みます♪(^_^)
さて、お腹も満足♪
ホテルに戻って休みましょう♪
札幌での夜の散歩&夕食は以下の足跡です・・・
明日は最終日、新千歳空港から富山に帰ります・・・
つづく























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